第1段 * ルイ]Z世の心臓の鑑定結果 *

 
フランスでルイ]Z世の心臓がDNA鑑定の結果晴れて本物と判定され、死後200年あまり経てサン・ドニ大聖堂(王室墓地)への埋葬が許可された。」という記事が最近新聞に掲載された。ルイ]Y世とマリー・アントワネットの第3子ルイ・シャルルは、革命勃発時国王夫妻らと共にタンブル塔に幽閉された。ルイ]Y世の処刑時に亡命中の叔父、後のルイ][世から後継国王に指名されルイ]Z世となった。マリー・アントワネットの死後、たった一人でタンブル塔に取り残され、1795年に10歳の悲惨な最期(結核)を遂げたと言われる。

 非業の死を遂げ死亡時の状況が不明な王族などには、必ず
生存説・亡命説が出てくる。日本で言えばあの源義経、平泉から逃亡し大陸に渡りチンギス・ハーンになったとの有名な伝説がある。ルイ]Z世には浮浪者とすりかえられ生き延びたとの説がある。それ故、私こそルイ]Z世と名乗りでた者は多い。最も有名なのはドイツ国籍を有するシャルル・ギョーム・ノンドルフ。1845年オランダのデルフトで死去、その墓には「ルイ]Z世、フランス国王」と明記されている。子孫は1863年以降、ブルボン姓を名乗っている。

 
タンブル塔で死亡した少年か、それともノンドルフなのか、いずれがルイ]Z世なのかDNA鑑定(マリー・アントワネットとの親子鑑定)が行われた。2000年3月に「タンブル塔で死亡した少年」が本物との結論が出された。論文の趣旨を見たが論理的にもっともらしく説明されている。ただ200年以上も昔のことであり、かなり分析に苦労している節が窺える。統計学的な表現をすれば、「タンブル塔の少年がルイ]Z世である確からしさが高い確率(〇〇.〇%)で認められる。」ということであろうか。ノンドルフの曾孫はこの結論に対し猛烈に反発している。今回の鑑定で一応終止符は打たれたが、100%断定されたわけではなくいつ何時蒸し返されないとも限らない。

 
今回の鑑定でまさかどこぞの国であった捏造はないだろうが、結論ありきで推論をそちらに有利に導くことはいくらでもできる。日本の邪馬台国論争の近畿説、九州説、何か新しい事実がでてくると、ああ言えばこう言うで双方とも自説に有利になるように結びつける。邪馬台国の場合には時代も更に古く、場所を断定する為の直接的な証拠が無いに等しい。邪馬台国はここだ!ということを断定できる文献、あるいは発掘物などが出てこない限り未来永劫論争が続く。

 学術的な論争は学者先生に任せるとして、マリア・テレージア、マリー・アントワネットの血を引き継ぐ直系の子孫が絶えたのか否か、興味をそそられる。
古代、中世、あるいは近代にどのような史実が展開されていたのかを想像するだけで、そこに壮大なロマンを感じる。今回この話を耳にして、まだ行ったことがないヴェルサイユ宮殿、ブルボン王朝の絶頂期にルイ]W世が築いた宮殿へぜひとも行きたくなった。ルードビッヒU世が築いたヘレンキームゼー城、ヴェルサイユ宮殿のコピーを見てヴェルサイユ宮殿の雰囲気は若干味わってはいるが、やはり本家を見なければ・・・気が済まない。

 
フランスへも行きたい、スペインへも行きたい、さて次はどこへ???
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