第65段 * 堀江氏の野望 その2 − リーマン・ブラザーズ証券の不審な動き − *
今回のライブドア堀江氏によるフジサンケイグループへの仕掛けは私に経済の勉強をさせてくれることになった。今までよく知らなかった転換社債型新株予約権付社債(以降MSCBと記す)、商法の様々な規定、株式取引(TOB、時間外取引、空売り、信用取引など)を詳しく調べた。もっともこれらに詳しくなったとしても私にとって直接役立つ知識にはならない。もっともムダ知識=トリビアではないが・・・。
ところで早くも今回堀江氏に資金提供したリーマン・ブラザーズ証券(以下リーマン・ブラザーズと記す)が怪しげな動きに出ている。2月10日に堀江氏からライブドア株約4672万株を借り受け、同日約890万株を売却した。どうも”空売り”を行なっているらしい。「転換社債」を発行する企業が割り当て先に貸し株をするのはよくあることと聞く。「転換社債」の株式への転換と実際の株券受け渡しのタイムラグを補填する為だそうだ。
株式市場でよく「空売り」と言葉を耳にする。「空売り」とは何だろうか?その前に『信用取引』とは何かを知る必要がある。『信用取引』とは株式投資に必要な資金や株式を証券会社から借りて行う株式取引のことを指す。証券会社に一定の委託保証金を差し入れるだけで、実際に株式や金銭を持たずに株式売買を行うことができる。実際に自己資金で株式を取引する現物取引に比べて、少ない資金で何倍もの大きな取引ができる。うまく行けば多大な利益を受ける可能性がある。反面実際の資金力以上の取引を行なうのだからリスクも当然大きい。『信用取引』は諸刃の剣・・・証券会社の言うことを鵜呑みにしたはいけない。正確な知識と判断力、しっかりした自己管理が『信用取引』に足を踏み入れる場合の必要条件となる。
『信用取引』による株式取引には「空買い」、「空売り」の2つの形態がある。「空買い」とは必要な資金を証券会社から借りて株を購入する方法のことで、株価が上昇すれば売却益が得られる。その反対に株価が下落すれば損失を被ることになる。
一方「空売り」とは実際に株式を所有していない、あるいは所有している場合であってもそれを使わずに他人から借りてきた株券を用いて売却を行うこと指す。明らかに近い将来株価下落が予測できる場合、現在の株価で株式を売却して決済を借りた株式で行なう。そして実際に株価が下落した段階で株式を買い戻し貸し手に株式を返却する。そこで”利益=売却時の価格−買い戻し時の価格”の図式になる。 この場合逆に株価が上昇すれば損失を被ることになる。
「空売り」は株価が下落すれば儲かる不思議な取引形態と言える。これを悪用すれば、言い換えれば「空売り」を意図的、投機的に行なうことにより株価を下落させることができる。過去に「空売り」による株価操作が多発した為、1998年には旧大蔵省、2002年には金融庁が”空売りの規制”を強化している。しかるに今回リーマン・ブラザーズは”ライブドア株価下落の圧力”を強め「空売り」を行なっている。東証は既にここに注目しており、「相場操作の疑い」を視野に入れている。金融庁も今回の出来事を重く見て実態調査に入るとしている。もしリーマン・ブラザーズに”株価操作の疑いあり”と言うことになれば司法の手が入ることも考えられる。そうなると堀江氏も同類と看做され立場が危うくなる。
ライブドアは2月24日にリーマン・ブラザーズに約800億円の見返りとして「新株予約権」を割り当てることになっている。両者の契約ではリーマン・ブラザーズの新株取得数が決まる転換価額は以下の通りに決められている。
1)毎週金曜日(決定日)に修正される。
2)決定日の直前3取引日の平均株価(売買高の加重平均)=VMAP。
3)157円を下限として下げることができる。
両者の契約には堀江氏が所有するライブドア株式を一部リーマン・ブラザーズに貸与する条項もある。いやはや何とも・・・至れり尽くせりと言える。ちょっと考えれば(考えなくても)堀江氏にとってかなり不利な契約の様に見えるのだが・・・そこまでしても巨額の資金を必要としたと言う事なのだろう。リーマン・ブラザーズは早くも契約により得た権利を行使して「空売り」を行なっている。さすが百戦錬磨のリーマン・ブラザーズ・・・当たり前と言えば当たり前だがその行動は素早く抜け目がない。
ところで「MSCB」にはちょっとしたからくりがある。株価が下がれば下がるほど貸し手は取得する株式数が増える。それは何故か?貸し手はいつでも債権を取得した時の価額に見合う分の株式を取得できる。つまり「MSCB」を取得した時と比較して転換時に株価が安ければ多くの株式が手に入る。ライブドア株は2月10日以降2月18日まで6営業日株価が下落、終値323円で取引を終えている。堀江氏に対する世間の批判が強まる一方で、悪材料が山積しライブドア株の見切り売りが加速している。リーマン・ブラザーズの手中にはまだ約3780万株もの大量の借株がある。リーマン・ブラザーズとしてはもっとライブドアの株価が下がった方が儲かるのだから当然次の手を打ってくるのは充分予想される。週明け(2/21の週)にリーマン・ブラザーズが”空売り”でライブドアの更なる株価下落を狙ってくる可能性が極めて高い。ライブドアの株価の動向も注目される。
結局はリーマン・ブラザーズの思う壺と言ったところか・・・。もう既にリーマン・ブラザーズは当初よりも多くの株式を取得できる権利を手にしている。底値と見た時に株式に転換し天井値と判断した時に売り抜ければ多大な売却益が得られる。但しライブドアの業績悪化で株価低迷、あるいは最悪倒産となればリーマン・ブラザーズは大損するリスクも背負っている。もっともリーマン・ブラザーズは馬鹿ではないから、どこかでうまく売り抜ける可能性が高いだろうが・・・。
ここにきて投資顧問会社M&Aコンサルティングの村上氏が急速に注目を集めている。M&Aコンサルティング(以下村上ファンドと記す)の保有する18..6%の株式がどうなるかによって今回のライブドアvsフジサンケイグループの勝負の行方が決まる。ライブドアが入手すればニッポン放送の株式の過半数に達し経営権を獲得する。逆にフジサンケイグループが取得すればTOBの目標25%に達しライブドアの狙いを挫くことができる。恐らく現在水面下で壮絶な駆け引きが行なわれているはず・・・当面事態の推移には目が離せない。
株式大量保有報告書には5%ルールがあり、5%以上の株式を保有している大株主は保有状況を財務局に提出しなければならない。更に5%以上の株式保有者の保有比率が1%以上変動した場合にも大量保有報告書の提出を義務付けており、届出は原則として5営業日以内となっている。それ故2月8日のライブドアのニッポン放送株取得で村上ファンドが1%以上のニッポン放送株を売却していれば、2月16日迄それでに大量保有報告書を提出しなければならなかった。2月16日に公表された株式大量保有報告書には村上ファンドの届出はなく、同社がニッポン放送株式を売却しなかったと一部で報じられている。
しかしながらこの報道は正しいとは言えない。何故なら投資ファンドに適用されている大量保有報告書提出の特別ルールには次の様に規定されている。
1)保有比率が1%以上変動した時各業者の定める基準日の翌月15日迄に大量保有報告書を提出。
2)2.5%以上変動した時には、翌月の15日までに大量保有報告書を提出。
この特別ルールに沿って考えてみよう。村上ファンドがニッポン放送株を2.5%以上売却していれば、大量保有報告書の提出期限は3月15日となる。また村上ファンドの定めている基準月度が3、6、9、12月であり、1%以上売却していれば提出期限は4月15日となる。現時点で村上ファンド関係者がライブドアへの売却についてノーコメントであり、3月15日、又は4月15日を過ぎるまでは事実関係は明らかにならない。株式大量売却の事実公開があまりにも遅く公正さを欠くとの指摘もあり、金融庁は大量保有報告制度を見直す方針を固めている。
現在の放送法では外国人や外国企業が直接日本の放送局の議決権をトータルで20%以上持つことを禁止しており、違反すれば放送免許が取り消しとなる。ところがこれには抜け道がある。直接ではなく間に出資企業を経由して間接的に影響力を有する場合は規制対象外なのだ。今回のケースはまさにこれ、リーマン・ブラザーズがライブドアを使って間接的にフジサンケイグループの経営への関与を狙ったとも考えられる。この様な場合を想定していなかった言えばそれまでだが、何とも間の抜けた話ではないか?
今回のリーマン・ブラザーズとライブドアの場合を考えてみよう。2月24日にライブドアは800億円の「MSCB」をリーマン・ブラザーズを引受け先として発行する。リーマン・ブラザーズは新株予約権を行使して最大で約40%の議決権を持つ可能性がある。その場合現時点でライブドアはニッポン放送の株式を約38%保有しており、リーマン・ブラザーズは間接的にニッポン放送の議決権が最大約16%になる可能性がある。2月16日で既に外国人や外国企業は11.9%の議決権を有しており、合算すれが20%を超える事態になるが現行法では全く規制できない。
そこであわてた所轄官庁の総務省は電波法を改正し、今回の様な外資の間接的な影響力を排除する方向で検討している。法改正により新しい規制が可能になればライブドアの株主登録を拒否でき、ライブドアの狙いは頓挫することになる。但しそうなる前にリーマン・ブラザーズはライブドア株式を法改正前に売り抜けてしまうだろう。そうすれば規制の対象から外れる。ライブドアのニッポン放送株式の大量保有の事実は残り、ライブドアvsフジサンケイグループの対立は依然として残る。その時点でライブドアが企業として持ちこたえていれば・・・。
フジテレビのニッポン放送の25%超える株式取得の対抗策に対して、堀江氏はニッポン放送株式の増資の対抗策を示唆している。増資により相対的にフジテレビのニッポン放送保有株式比率を下げ25%未満にすることを狙っている。そうすればライブドアのニッポン放送に対する議決権が復活することになる。
だがそううまく行くだろうか?商法の規定(第280条の10)では、”企業の支配権維持、争奪”目的での増資で不利益を被る株主は増資差し止めを請求することができる。裁判例は多数あるが、勝敗はケースバイケースで一概には何とも言えない。堀江氏はTVに頻繁に出演し自分の行動をアピールし続けている。堀江氏はフジサンケイグループの支配を狙うと明言しているので、増資を行なおうとすれば当然フジサンケイグループは対抗措置として訴訟に持ち込む。堀江氏がメディアを活用して自分の考えを伝えたいのか、TV、雑誌などで頻繁に話をしている。堀江氏は手の内を明かしすぎているので、裁判になった場合不利に作用するのではないか?
最後に商法の規定で株式保有比率で議決権がどう変化するのか紹介する。これを頭に入れて事態の推移を見守ると更に興味が出てくるのでは・・・。
・2/3以上:株主総会特別決議(定款変更、減資、合併/分割など重要事項)の単独可決が可能。
・1/2以上:株主総会普通決議(取締役選任など)の単独可決が可能。
・1/3以上:株主総会特別決議の単独否決が可能。
・1/4以上:株式を持ち合っている場合、相手の会社の議決権喪失。
(今回の場合フジテレビジョンがニッポン放送株式を25%以上持つことにより、
ニッポン放送はフジテレビの議決権を喪失。)
ライブドアは約38%取得し1/3以上と1/2以上の中間にあり、おそらく1/2以上を狙っていると思われる。一方2月18日にフジテレビの日枝会長はTOBでニッポン放送株式を25%以上の取得を示唆している。これが事実とすれば今後の展開に大きな影響を与える。今後の両者の動向には目が離せない。