第67段 * 南セントレア市って? − 新市名の波紋 そしてその結末 −*
愛知県知多半島先端部にある美浜町と南知多町が2006年3月の合併を目指している。勿論現在政府が積極的に推し進めている平成の大合併の恩恵に浴する為で、2004年3月迄に合併を正式に決定したいとしている。2月27日には合併の是非を問う住民投票が実施される。
この合併是非の住民投票前に新市名を巡って大騒動が持ち上がった。2004年12月1日から20日間、全国の小学生以上を対象に募集したところ334件の応募があり「南知多市」が70件と最多だった。ところが法定合併協議会では一般公募で全く応募がなかった『南セントレア市』に決まった。しかしながら反対だらけでいったん撤回するハメに陥った。そもそも合併自体決まっていないのに新市名を先に決めるのもおかしい。手順前後も甚だしいのに、何とも妙な市名を妙な決め方をしたのだから批判が殺到した。
その前に”セントレア”とは何か?2月17日新市北隣の常滑市沖に開港したばかりの中部国際空港のニックネームのこと。一体どんな意味か、何語なんだろうと考えさせられる。朝日新聞の天声人語には「ニューカレドニア諸島の島の名前か、カトレアの変種の名前かと思った」とある。Central Airport(セントラル・エアポート)からきた全くの造語、それでは誰も分かるわけがない。
ところで「セントレア」は中部国際空港会社が既に商標登録しているが、商標法の規定では市の名称に使用することは支障がない。中部国際空港会社の広報グループは「市の名称に挙がるほど認知されたことは喜ばしい」と歓迎している。確かに今までほとんど知られていなかった「セントレア」が、今回の新市名騒動で一挙に日本中に広まった。そう意味では結果がどうなろうと、中部国際空港会社にとっては思わぬところから無料で宣伝してくれたのだからとてもありがたいに決まっている。
法定合併協議会では公募で集まった名称と協議会委員の押す名称を加えて委員26人の投票を行なった。委員が推す案には「南セントレア市」、「セントレア市」、「遷都麗空(セントレア)市」の三つがあった。”遷都麗空”とはいやはや何ともセンスのない当て字だが・・・。単独1位は「南知多市」・・・ところが”セントレア”3案合計で「南知多市」を上回るとして”セントレア”を採用することに決定。「2月17日にセントレアから飛行機が飛び立ち、新しい市の出発にイメージが良い」、「ネームバリューがあり、新しい市も全国や世界にPRできる」などの意見が出て、全会一致で新市名を『南セントレア市』とした。何とも強引な決め方・・・これでは結論ありきで、誰かが何が何でも「セントレア」と誘導したとしか考えられない。それでは法定合併協議会での決定までの経緯を簡単に記す。
2005年1月13日の第1回法定合併協議会では公募1位の「南知多市」に対して委員からは否定的な意見が多数を占めた。主な意見としては「(合併の)片方の地名を採用することは住民投票に悪影響を及ぼす」、「全体として件数が少なく、しかも南知多町181件、美浜町84件とアンバランスな状態で決めるのには不快感を感じる」、「文字数の短いカタカナ、ひらかなの市名がわかりやすくて良い」などなど・・・。
新市名決定は難航・・・そこで事務局から「次回までに委員各自が(公募の候補を含めて)3作品を提出、その中から2/3以上の得票を得られた作品を候補とし、最終的に過半数を得た候補を新市名とする」という提案があり了承された。この時点で一応公募作品は残っているものの、委員が勝手に考えた案が採用される可能性が出てきている。既に『南セントレア市』へのレールが敷かれていたと言える。
2005年1月27日の第2回法定合併協議会では、各委員提出の3作品全て対象として順位付けをして投票した。1位10点、2位5点、3位1点として順位点を加算して判定することになった。でも確か第1回法定合併協議会では2/3以上の得票云々となっていたはずだが、そんなものはどこかへ吹っ飛んでいた。はっきり言っていい加減としか言い様がない。
集計結果は1位「南知多市」123点、2位「セントレア市108点となる。ところが「南知多市」は第1回で否定された候補、これを選ぶ訳けにはいかなかったのだろう。そこで”ウルトラC”が出る。『南セントレア市』15点、「遷都麗空(セントレア)市」10点獲得している。この3作品合計133点で「南知多市」を上回り1位に躍り出る。更に新市が”中部国際空港の南に位置する”と言う理由で最終的に『南セントレア市』に決定した。
この経緯を見るとどこまで本気で公募で決め様としていたのか疑問が残る。恐らく公募で思った様な候補が出ず、第1回の時点で既に”セントレア市”を採用する案が密かに考えられていたのではないだろうか?普段はのほほんとしている輩もこう言う時には悪知恵を働かせるものだ。今回もその究極が”ウルトラC”、いやはや呆れ果ててしまう。
何の為の公募だったのか?住民を甘く見ていたのだろう。こんなに異論が出るとは思っていなかったに違いない。美浜町長は新市名決定直後の記者会見で「これから空港を中心に知多半島が発展していく上で、新しい市がセントレアの名を頂き、その発展の受け皿を担って進んでいける」と述べている。また南知多町長も「将来の展望が開けるよい名称」と自信たっぷりに述べている。これらの発言から推測するに、この方々が一般公募の結果如何にかかわらず初めから「セントレア」を採用したかったに違いない。公募しておいて全く応募がなかった候補を採用するとは・・・公募なんて全く無意味、一応公募と言う形式を整えたに過ぎない。それでは反対が多くても当たり前。
2月9日美浜町長は記者会見で「南セントレア市は全員一致で決めたことだが、これほどの反発は予想していなかった。今回、住民の選択に任せることにしたので、住民投票やアンケートには100%近い住民が参加してほしい」と述べたている。”全員一致”と言ってもそれは26人の合併協議会委員が住民の意思を無視して勝手に決めたに等しい。全権委任されているので何をしても良いと勘違いしているのではないか?とんでもない思い上がりで”住民軽視”も甚だしい。
2月8日時点で577件の意見が寄せられたが、賛成は僅かに10件に過ぎない。住民説明会でも反発が強い。更には2月27日の合併是非の住民投票の結果も危ぶまれると声も出た。ここに及んで合併協議会は「南セントレア市」の決定を撤回、2月27日に住民アンケートを実施し最終的に決定することにした。
「南知多市」、「美南(びなん)市」、「美南(みなん)市」など公募で集まった上位11の名称に「南セントレア市」を加えた12の案から一つを選択する方法で行なわれる。回答が最も多かった名称をそのまま新市名にする。これほど批判が集まった『南セントレア市』を再度候補に挙げるのだから、町長以下よほど未練のある方が多いのだろう。こんなに候補が多いと票が分散して『南セントレア市』が1位・・・これだけ反対が多いのだからまさかそんなことにはならないと思うが・・・。そんなことになったら合併協議会のみならず住民までも世間の物笑いになってしまうのではないか?
住民投票は投票率50%未満の場合無効となるが、住民アンケートは有効になるらしい。合併が決まらないのに新市名が有効と言うのも変に思えるが・・・?それはともかくとしてこれだけ世間の注目を集め関心が集まっているのだから、住民の方々は積極的に投票して頂きたい。
ちなみに公募11案とは「南知多市(みなみちたし)」、「美南市(びなんし)」、「美南市(みなんし)」、「南浜市(みなみはまし)」、「知南市(ちなんし)」、「美南市(みなみし)」、「美波市(みなみし)」、「美浜市(みはまし)」、「知多美浜市(ちたみはまし)」、「美南海市(みなみし)」、「南美浜市(みなみはまし)」。それに『南セントレア市』を加えて住民アンケートが実施される。あなたならどれを選ぶ?
たとえカタカナ、ひらがなの市名であっても”名が体を表せば”問題ないと考える。だが確かに自治体名は地域の歴史、文化、地理などを最大限考慮する必要がある。新市名は納得性が高いものでなければならない。あまり突飛な名前では問題がある。『南セントレア市』の場合は市名の由来に必然性が感じられない。ただ単に「近くに飛行場が開港しそのニックネームが”セントレア”だから、「ネームバリューがある」だけではちょっと安っぽすぎはしないか?もし『南セントレア市』に決まってら住民の方々は市名に誇りが持てないのではないだろうか?
現在カタカナの市名は山梨県の「南アルプス市」のみ。2月27日の長野県南部の駒ヶ根市、上伊那郡飯島町、中川村の合併是非を問う住民投票で承認されれば、2006年3月に「中央アルプス市」が誕生する。(2月27日の住民投票で否決され「中央アルプス市」は消滅した。)カタカナ、ひらがなの市名に抵抗がある方も多い。もし私の住む市が合併でカタカナ、ひらがなの市名になると言われたら賛成するかどうか分からない。皆さんはどうだろうか?
ところで千葉県山武郡の成東、山武、松尾の3町と蓮沼村の4町村の法定合併協議会が、2006年3月に誕生する新市名『太平洋市』を見直す方向で再協議することのなった。『太平洋市』とはまたスケールの大きい名称を選んだものだ。しかしながらこれではどこにあるのかさっぱり分からない。新市は九十九里浜のほぼ中央部にあり、成東町と蓮沼村が計約8Km太平洋に面しているだけ。歴史的地名の保存運動をしている全国地名保存連盟も、「北海道から沖縄までが太平洋に面しているが、『太平洋市』はわずか8Kmだけ」として見直しを申し入れていた。”太平洋”は新市だけのものではないのに、あたかも独占しているかの如くに見える。恥ずかしげもなくよく決めたものだ。さすがに県内外から数百件の抗議が殺到した。それはそうだろう。そこに住む住民としたはたまったものではない。
新市名の候補は以前九十九里町と東金市を含めた6町村の法定合併協議会(後に解散)が公募した案が対象となった。その中から「つくも」、「上総(または『かずさ』)」、「太平洋」、「東上総(または『東かずさ』)」の4案が残る。その後任意合併協議会で「上総」と「太平洋」に絞り決戦投票で2005年1月31日「太平洋」とし、2月14日の法定合併協議会で正式決定した。ところで一般的に「上総」とはどの範囲を指すのだろうか?「上総」を選択しても問題にはならないのだろうか?
よくもまあこの様な話題が次から次と出て来るものだ。それほど無神経な方々が多いと言うことか? 好意的な見方をすれば新市名決定が難しいと言うことか・・・。私の周辺にも4市合併を目指している方々もいる。今のところ反対が多数で実現の見通しはない。どう考えても何のメリットもないと思う。私の住む市が合併で新市名の選択などと言う状況に巻き込まれたくない。
さて2月27日美浜町と南知多町で合併是非を問う住民投票と新市名アンケートが同時に実施された。結果は新市名を決める以前に合併そのものが大差で否決された。新市名アンケートは全く無意味・・・それまでの大騒ぎはいったい何だったのだろうか?結局住民不在のまま一部の政治家などが合併を決め住民のコンセンサスを得ないで進めていたからであろう。それに加えて新市名の決め方が住民軽視として住民の怒りを増幅させた。行政主導による合併の問題点を露呈した形になった。
”大山鳴動して鼠1匹”も出なかった。唯一「セントレア」だけが今回の騒動のお蔭で全国に知れ渡ることになった。今回の騒動は思わぬ形で中部国際空港の名を広めるのに貢献した。ニックネームの「セントレア」は新市名騒動と連動して皆さんの記憶に留まることだろう。
(2005.03.10追記)
市町村合併で誕生する新しい自治体の名前を巡り各地で騒動が起きている。既述の通り愛知県の「南セントレア市」、長野県の「中央アルプス市」は合併そのものがご破算に、千葉県の「太平洋市」は白紙撤回で見直しとなった。佐賀県では武雄市、嬉野町、山内町、塩田町が合併を予定し、法定協議会で新市名を「湯陶里市」と決めた。湯陶里とは?”温泉と焼き物の里”をイメージして選んだそうだ。4市町の内最大の武雄市から「当て字は不自然」、「武雄市でなく納得できない」などと反発の声が大きく、結局合併そのものが白紙となった。
合併で新しい名前を決める場合の難しさが浮き彫りになっている。特定の市町村の名前を選ぶと残りの市町村が吸収された感じを受けることを配慮するからだろう。だからと言って「セントレア」などの妙な名前にすると、住民の猛反発で合併そのものがなくなってしまうことになる。 安易に名前をつけるのではなく、やはり誰もが納得する”名が体を表す”名前を考えなくてはいけない。