第79段 * バリュークリックジャパン(注)のMSCB − 株主軽視の不埒な悪行 −*
(注)2005年6月1日、社名を「ライブドアマーケティング」に変更。
2005年5月23日ライブドアグループのバリュークリックジャパン(以下バリュクリックJと記す)が100億円の転換社債型新株予約権付社債(MSCB)を発行すると発表した(詳細は こちら 参照)。引受け先は日興シティグループ証券とライブドア証券で50億づつずつ割り当てる。今回調達した資金の用途は30億円を子会社の借入金の返済、10億円を運転資金、残りをM&A資金としている。2004年12月期連結決算で売上高16億1600万円、経常利益2億2400万円の企業規模からすれば、今回の100億円のMSCBはどう考えても過大にしか見えない。何やら怪しげな胡散臭い香りが漂っている。
ところでバリュークリックJとはどんな企業なのだろう。ライブドアが発行済み株式の64.94%保有(2005年3月31日)している。事業内容は「インターネット広告配信業」、「マーケティング・プロセス・アウトソーシング事業」とある。借金返済、運転資金で40億円投入とは資金繰りが結構苦しいのだろうか?それだったら何もMSCBでなくて資金豊富な親会社から調達すれば良いと思うが・・・。この事業内容では大きな飛躍を望めるかどうかは疑問・・・それで残りの60億円ほどを使ってM&Aで拡大して行く方針と思われる。資金集めのついでに借金分も調達したともとれる。規模は違っても親会社とやることは同じ・・・。
100億円は6月8日にバリュークリックJに払い込まれるがその時点で株式に転換される訳けではない。転換価額の初期設定は5月23日の終値に5%上乗せして5492円と定めている。しかしながら転換価額は毎月第3金曜日の翌取引日以降決定日までの5連続取引日の売買高加重平均値の90%に修正される。下限転換価額は2746円、上限転換価額が8238円と設定されていてこの範囲で変動する。株価下落すればそれだけ(潜在)株式数が増える。これではライブドアがリーマン・ブラザーズに「新株予約権」を発行した時と類似しているではないか。今回はリーマン・ブラザーズの時とは異なり、一応下方、上方の双方向への転換価額の修正ありとしているが・・・。MSCBの特性からして転換価額の上方修正は極めて考えにくい。転換価額が高くなるとMSCBの引受け先のうまみがなくなって(少なくなって)しまう。MSCBの引受け先は借株などの手段で株価下落へ誘導して行く。リーマン・ブラザーズは借株を巧みに使い巨額の利益を得ている。
時価総額273億円(5月23日終値換算)に対して100億円のMSCBとは・・・。株価が下落すれば更に株式数が増える仕組みとは・・・。またまたライブドアグループが平気な顔をして株主軽視の悪行をやってくれたと呆れてしまう。堀江氏はよほどMSCBがお好きと見える。言い換えればMSCBの魔力に魅入られて重症のMSCB中毒患者になってしまったのだろう。ライブドアはMSCBと第三者割当増資で自社株式をあっと言う間に増殖して10億株を超えた。今度は子会社が同じ手法で自社株式を増殖しようとしている。100億円のMSCBで大量の株式が発行されれば明らかに希薄化が進む。それ故バリュークリックJの株価はライブドア同様下落が進むと思われる。堀江氏は既存株主に不利益を与えるのを何とも思わないのだろうか?”身のほど知らず”の堀江氏が楽園で”禁断の木の実”を食べてしまったようなもの・・・一度食べたら最後、味をしめていつでも何度でも食べたくなる恐ろしい”魔物”の虜に堀江氏はなってしまった。
ライブドアはニッポン放送のMSCBに対して差止め訴訟を起こして勝訴している。今回は逆の立場をライブドアが演じている。もしバリュークリックJの株主がMSCB差止め訴訟を起こしたらどうなるだろうか?あるいは株主代表訴訟を起こしたらどうなるだろうか?どう考えてもバリュークリックJにMSCBの正当な理由があるとは考えにくい。堀江氏は他者の時には声を大にして異議を唱えたが、いざ自分のこととなると盲目になるらしい。”呆れるほど自分中心で身勝手な人間”のレッテルを堀江氏が張られても当然・・・。
株式投資は自己責任が基本だが、この場合MSCBは既存株主の知らないところでのバリュークりックJによる騙まし討ちでありライブドアグループの悪行と断ずる。ライブドア、バリュークリックJのMSCBはいずれも既存株主の利益を大きく棄損している。またその正当性には疑念がある。この様にMSCBの悪用が続くのであれば何らかの法規制が必要になると考える。
それにしても”打ち出の小槌”を振って同じことを繰り返す堀江氏のやり方には嫌悪感を覚える。口では株主の利益とは言いながら、実際には企業を私物化している様にさえ思える。ついでにもう一言・・・『ライブドア、及びライブドアグループ、それにライブドア証券が絡んだ企業の株式に手を出すと大怪我する可能性が非常に高い。ついては一切手を出さないことが肝要。』
大方の予想通りMSCB発表を受けてバリュークリックJの株価は大幅に下落し、5月24日の終値はストップ安の前日比1000円安4230円、5月25日は前日比360円安の3870円でで取引を終えた。僅か2日で1360円の下落(5月23日終値に対する下落率:26.0%)とは・・・まさに”泣きっ面に蜂”、これでは既存株主の損失が大きくたまったものではない。恐らく5月26日以降も下落するものと思われる。5月25日段階では時価総額は202億円と71億円も減少している。それにしてもライブドアグループは既存株主をないがしろにする罪作りな企業としか言い様がない。M&Aの繰り返しで成長していかなければならないライブドアグループは、自前の株式をMSCB、あるいは第三者割当増資の様な形で株式操作しないと存続できないのだろう。堀江氏が何を考えてこの様なことをしているのか全く理解できない。
ここでCBとMSCBの違いに触れる。簡単に表現すると(株式分割の場合を除いて)転換価額が固定されている転換社債型新株予約権付社債をCB(Convertible Bond)、転換価額が下方、又は上方・下方双方向に修正される転換社債型新株予約権付社債をMSCBと言う。Internetで検索していたらあるマスコミの記事にバリュークリックJの件で”100億円のCB発行へ”とある。バリュークリックJのお知らせには『転換価額の修正』が記載されている。これだけでもこの場合MSCBと言うことがすぐに分かるはず・・・。マスコミの記者はきちんと勉強/確認して正しい表現で記事を書くべきと考える。
あるサイトの記述に「株式投資で知っておいて欲しいことは『MSCBを大量発行している会社は危険だ!』と言うことです。」とある。ライブドアとリーマンブラザーズ間で行なわれた「MSCB」、「貸し株」、それにリーマン・ブラザーズの「空売り」を絡めて考えるとその意味するところが理解できる。どの様な危険性があるかは下記の例を参考に各自考えて頂きたい。
CBの場合は転換価額が固定であり、株価がどの様に変動しても発行株式数は一定になる。ところがMSCBの場合は理論的には株価の変動により発行株式数は多くも少なくもなる。通常MSCBでは株価を下落させて発行株式数を増加させた方がMSCBの引受け先は利益が大きくなるうまみを享受できる。それではそのカラクリを簡単に説明する。尚、説明を簡単にする為に例を極端に単純化しているのでご了承願いたい。
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仮定 : L社の株価200円で発行株式数2億株、時価総額400億円とする。L社のオーナーH氏は1億株所有する大株主とする。L社が資金調達の為に引受け先をR社として200億円のMSCBを初期設定価格200円で発行したとする。
計算上発行予定株式数は1億株となる。株価が100円まで下落した場合、MSCBでは転換価額は100円に変更される。その時点で株式に転換するとR社は2億株を手にすることができる。その2億株をR社が100円で売却すれば100円X2億株=200億円を手にすることになる。単純に考えればR社は200億円投資して200億円のリターンでは差し引きゼロで何の得もない様に思える。
では何故R社は儲かるのだろうか?ここに「貸し株(借株)」、「空売り」が秘密兵器として登場する。まずR社はMSCBとタイミングを同じくしてH氏から1億株を借り受ける。R社は借株を売りに出し200円で1億株売却できたとする。R社はこ時点で200円X1億株=200億円の現金を手にする。L社の株価は下落して100円となったとする。その時点でR社は手持ちの200億円を使い、転換価額100円でL社より新規発行で2億株を取得する。もともとH氏から1億株借りているのだからその分返却すれば良い。つまりR社の手元には1億株残ることになる。1株100円で1億株売却すれば100円X1億株=100億円・・・R社は200億円の投資で100億円の利益を得る。
一方L社は200億円の資金を調達しているが、その代償として2億株を追加発行したので発行済み株式は4億株に増加する。この場合時価総額は100円X4億株=400億円で変化していない。結果としてMSCBが実施されたことによりL社は200億円の資金調達に成功、R社は100億円の利益獲得と狙いを達成している。一方R社の株式数が倍増し株価が半分になっている為、既存株主の立場からすると資産価値が半分になり大きな損失を被る。またL社の1株利益が大幅に低下し、株式は極端な希薄化に陥っている。L社が調達した資金200億円を有効活用して利益を上げ、少なくとも株価を2倍しなければ既存株主の資産価値がMSCB前と同じにはならない。つまりそれだけ既存株主が大きな犠牲を強いられることになる。
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いすゞ自動車の場合2003年12月、2004年8月の2回MSCBを実施している。特に2回目は1000億円もの最大級のMSCBで一旦大きく下落したもののその後上昇した。1回目直前(2003年12月)200円→2回目(2004年8月)直前280円→2回目直後230円→(2005年1月)320円。現在は日本の株式市場全体の低迷に引っ張られて5月27日現在256円となっている。この例の様にMSCB実施で必ずしも株価が大幅に下落するとは限らない。しかしながらライブドアの場合の様に大幅な株価下落の現実に直面することがはるかに多い。
それではライブドアの様にどんどん下がって行く場合といすゞ自動車の場合とは何が違うのか?いすゞ自動車の2005年3月期売上高1兆4936億円、経常利益600億円、時価総額2788億円(5月27日現在)、一方ライブドアは2004年9月期売上高309億円、経常利益50億円、時価総額3221億円(5月27日現在)。それでMSCBの発行額はいすゞ自動車が1000億円(2回目)、ライブドアが800億円・・・これを見てもライブドアが企業規模に比して如何に巨額なMSCBを発行しているか分かる。ライブドアの時価総額がいすゞ自動車の時価総額を上回っているのに奇異な感じを覚える。この当たりからもライブドアの株価が下落したまま低迷している理由が読み取れるのではないか?
あるサイトに以下の記載がある。(原文のまま記載)
・MSCBは引受け手の行動次第で毒にも薬にもなる「諸刃の剣」であるが、
必ずしも「下げ要因」とは限らない。「いい」MSCBの使い方というのもありうる。
・「いいか悪いか」の判断には、法定の開示事項だけでなく、発行会社と引受証券会社の間で、
その他どのような合意(契約)が行われているかが極めて重要。
・しかしながら、この両者の合意の詳細が開示されることが少ないことが最大の問題点。
(投資家は判断しようがない。)
端的に言えば『MSCBを発行する企業と引受け証券会社の資質がその成否の鍵を握っている。』と要約できる。その判断の為には投資家には充分な情報が必要だが、通常は決まりきった法定の開示事項だけでMSCBの実態がほとんど分からない。『両者の合意の詳細が開示されることがされることが少ないのが最大の問題点」と指摘しているが、では株主はどうすれば良いのだろうか?株主は株価の上げ下げの結果でしか判断できない。「両刃の剣」を首筋に突きつけられて「さあ、どうする!」と凄まれても株主は身動きが取れない。企業や証券会社の錬金術として安易に使われたのでは株主はたまったものではない。結局MSCB実施企業と引受け証券会社の日頃の言動、データ、情報を念入りに分析して株主自らの行動をどうするのか決める必要がある。相手の言うことを素直に信用せず、基本的にはまずは疑ってかかるのが常道と言える。
ところで『「いい」MSCBの使い方もあり得る』とあるが、MSCBの特性からして本質的に「いい」MSCBなんて本当にあるのかとの首を傾げてしまう。MSCB実施企業の株価が上がることがあるが、それはMSCBのマイナスを打ち消す他の大きな要因が働いてプラスに転じた結果ではないだろうか?私は本質的にはMSCBは”毒”、即ち「いい」MSCBなんぞ存在しないと考えている。危険物の取扱いは厳格に使用規則を定めて規制しないと、『時間外取引』の様に本来の目的外、所謂”想定外”の使い方をする御仁が必ず現われる。やはり早急に法規制の網を張り巡らせて安易なMSCBの使用を防止する必要がある。
さてライブドア、バリュークリックJ、ACCESS、それにライブドア証券などの証券会社それぞれに胡散臭いところがあるが、ある程度の期間事態の推移を観察した上でそれぞれについて改めて考察を加えることにする。