第74段 * 堀江氏の野望 その7 − 堀江氏圧勝、展開は俄然有利に、だがしかし・・・ −*
東京高裁は2005年3月23日「新株予約権」発行差止め仮処分に対するニッポン放送の保全抗告を棄却した。この決定を受けてニッポン放送は特別抗告や許可抗告は行なわず、併せて「新株予約権」発行中止した。東京高裁の決定理由は「企業価値は裁判所が判断するものではない」とした以外は東京地裁の決定をほぼ追認している。特筆すべきこととして「ニッポン放送がライブドア傘下になった場合フジサンケイグループ他社が取引を中止するのは独占禁止法に違反する不公正な取引にあたる可能性がある」と批判している。但しこの点については司法と公正取引委員会の見解には食い違いがある。ニッポン放送が最高裁にまで持ち込んでも到底勝ち目はなく、また3月24日までに仮処分決定を覆すのは事実上不可能と言える。
今回の決定の中で『経営支配権維持を目的にした「新株予約権」発行が正当化される場合』の基準を明確に示している。敵対的買収者が下記に示す目的でその企業を食い物にしようとしている場合には、株主として保護するに値しないとしている。更に敵対的買収者を放置すれば他の株主の利益を損なうことが明らかでかつ対抗手段として必要性や相当性が認められる場合に限り、取締役会は経営権の維持・確保を主要目的とする「新株予約権」発行が正当化される。買収を狙われている企業が、やむを得ぬ事情を立証できれば発行を差止められることはない。今回の騒動による大きな収穫の一つと言える。
・経営に参加する意思がないのに、株価をつり上げて高値で関係者に引き取らせる。
・知的財産権やノウハウ、企業秘密情報、主要な取引先や顧客などを関連会社に移す「焦土化経営」。
・企業の資産を買収者やそのグループ企業の債務の担保や弁済原資として流用する。
・企業の事業には関係しない不動産や有価証券など高額資産を処分し、一時的な高配当やそれによる
株式の高値売り抜けなどを狙う。
今回の訴訟は東京地裁の2度、東京高裁全てライブドアの圧勝で幕を閉じた。これでフジテレビは厳しい状況に追い込まれ、ライブドアに対して”背水の陣”で立ち向かわなければならない。ライブドアが6月末の株主総会で大半の取締役を送り込み、ニッポン放送の経営権を掌握するのは確実となった。堀江氏が代表取締役社長(あるいは会長)に就任して経営を全て取り仕切るのは間違いない。
そこで6月末の株主総会でライブドアが経営権を掌握した後のことを考えて見よう。その時点でニッポン放送がフジテレビ株式を22.5%を保有していれば、2.5%の追加購入で25%超を実現できる。そうなれば商法の規定でフジテレビのニッポン放送の議決権を喪失させることができる。その場合フジテレビは自社株式の第三者割当増資を行なうかもしれないが、発行の正当な理由が証明されない限り差止めになる可能性が高い。フジテレビが折角TOBで保有した1/3超のニッポン放送株式が無意味になってしまう。ニッポン放送は完璧にライブドアの思うがままの完全子会社になる。その後”本丸”フジテレビの総攻撃に移ることもあり得る。フジテレビ株式の1/2超取得によりフジテレビ経営権の奪取、つまりフジサンケイグループ全体を掌中にする狙いがあると考えることができる。
さてフジテレビはどうするのだろうか?このまま黙ってライブドアの言いなりになるとは到底考えられない。既に増配と新株式発行登録で”本丸”防衛策は打ち出しているが、”出城”のニッポン放送に対する方策には苦労しているのが容易に想像できる。ニッポン放送が保有する22.5%のフジテレビ株式、及び56%保有するポニーキャニオン株式などの売却、ニッポン放送社員のフジサンケイグループへの受入れなどの「焦土作戦」に踏み切るのだろうか?株式の売却は会社に損失を与えるとして(特別)背任、あるいは株主代表訴訟を起こされる可能性が極めて高い。実施に際してはかなり慎重にならざるを得ない。しかしながら”手負いの獅子”となった如きフジテレビが、リスクを承知の上で破れかぶれの大博打に出る可能性が全くないとは言えない。
一方ニッポン放送社員への退職勧奨作戦はどうだろうか?威力業務妨害には当たらないのだろうか?恐らく社員本人の自由意思による退社が確認できれば問題ないと思われる。ニッポン放送社員声明にある様にライブドア支配への抵抗はかなり根強い。今のままではライブドアが支配権を握れば多数の社員がニッポン放送を離れる可能性が高い。既にフジサンケイグループ各社はその様な場合に備えてニッポン放送社員の受入れを検討している。
”人的資源”の流出をライブドアはどう考えているのだろうか?企業は”人的資源”なくして存在し得ない。代わりの人材を補充すればすぐに企業が元通り機能するとは思えない。ニッポン放送そのものの存続が危うくなるのではないだろうか?堀江氏は仮処分決定後の会見で「従業員、取引先と一緒になって、今からでも企業価値を高めていきたい。従業員の懸念が報道されているが、心配されているようなことをするつもりはない。従業員の皆様を幸せにする事業をしていきたい。」と述べている。”企業は人なり”とも言われる。堀江氏はニッポン放送社員の心を繋ぎ止めることができるのだろうか?過去に堀江氏が買収した企業の一部で、社員の大量退社と言う事態を招いている。今回の買収劇が成功するか否かの鍵の一つになることは間違いない。
いずれにせよ6月末の株主総会までにフジテレビがどの様な手段を講じるのか注目される。残された期間は僅か3ヶ月余り、既に土俵際の徳俵にまで追い詰められている。今後どの様な”秘策”、”奇策”が繰り出されるのだろうか?フジサンケイグループのブレーンが必死になって知恵を絞っているのが脳裏に浮かぶ。一方ライブドアは今回の勝利で一応余裕はあるだろうが、最終決着までにはまだ紆余曲折が予想される。ライブドアのブレーンもこれから先の展開を想定して当然方策を熟慮していると思う。見えない所での熾烈な暗闘は更に続く。
ところで東京高裁の決定の前日の3月22日、フジテレビは第三者割当による「新株式発行登録」を行なうことを決定した。翌日に東京高裁で下されたニッポン放送の「新株予約権」発行差止め仮処分への保全抗告が却下されるのを予見していたのでは?と思わせるタイミングでこの方策が打ち出された。
(*)新株式発行登録制度とは・・・通常の株主割当増資は手続きに最低25日、TOBは20日必要だが、この制度では最短14日と短縮できる。発行予定額と予定機関を予め財務局に登録しておくことにより、実際に新株式を発行時に発行価額などを記載した追加書類の提出で済む。敵対的買収者が出現しても短期間で対応できる有効な防衛策と言える。この制度は証券取引法第23条に定められている
発行予定額は500億円、予定期間は2005年3月30日から2007年3月29日とし、株主名簿上の株主に平等に引き受ける権利を割り当てる。TOBは最短で20日間必要だが、発行登録制度は最短14日で新株式割当て対象の株主を決定できる。TOBが実施された直後に新株式の発行を決めTOB締切り前を基準日とすれば、基準日に株主でない敵対的買収者には新株式が割り当てられない。増資で既存株主の持ち分を増やすことにより、敵対的買収者の保有比率を相対的に下げることができる。つまり敵対的買収者が取得しなければならない株数が増え、結果的に買収に対する抑止効果が期待できる。
既存の株主全員を割り当て対象とする為、もし発行価格が時価を下回っても特定株主を優遇する「有利発行」にはならない。全株主に新株式を公平に割り当てるため、特定の株主に有利・不利が生じず、裁判で発行が差し止められるリスクがないと考えられる。時価を下回る価格で発行すればそれだけ新株の株数が増える。例えば新株式発行価格を10000円に設定すれば500万株の新株式発行となる。買収者が発行済み株式の1/2超取得できにくくする効果が期待できる。ちなみにフジテレビの定款では増資の上限を600万株と定めており、現在の発行済み株式(254万8608株)を最大約2.3倍に増資できる。
但しうまい話ばかりではない。TOBによらず大量株式を取得した大株主が出現した場合には効果が薄くなる。敵対的株主にも新株式が割り当てられるため、この株主の株式の保有比率を引き下げることはできない。資金が豊富な株主であれば新株式割り当てに耐えられる。そうなれば折角の「新株式発行登録」の効果がなくなる。また「株主の意思を確認せずに経営者が独断で発行を決めたのは認められるべきではない」との批判がある。それに加えて実際に新株式を発行する段階で、ライブドアから発行差止めの仮処分申請が起こされる可能性もある。今回の裁判で「新株予約権」発行の正当性が認められなかったことを考えれば、訴訟対策として司法の場で説明できる明確な発行理由を用意しておかねければならない。果たして大丈夫だろうか?
ここでふと思ったが、フジテレビがニッポン放送株式のTOBを実施する前に「新株式発行登録」を予めしておけばどうだったのだろうか?むろん”正当な”発行理由が必要だが、結果論になるが展開は大きく変わったと思われる。恐らくかなり有効な手段で今回の様な事態を防げたとは思うが、それも今回の一連の騒動から得た教訓から言えることで今となってはもはや後の祭り・・・。
フジテレビに限らず多くの日本企業は敵対的買収への備え、研究があまりにも不充分と思われる。フジテレビはまさかライブドアが突然現われて”暁の急襲”をするなどとは考えてもいなかった。フジテレビはそれまでの日本経済界の古い体質に安穏としていて、よもやの織田信長風の”風雲児”の出現に驚天動地の狼狽・・・従来の”もたれあい体質”の上にどっかりとあぐらをかいていたツケが回って来たとも言える。
ともかく”本丸”フジテレビの敵対的買収への防衛策として、ライブドアによるフジテレビ株式の買収に対して先手を打ったと看做せる。「新株予約権」発行での一連の経緯を踏まえて、練りに練った作戦と考えられる。一定の抑止効果はあるが必ずしもこれで危機を脱する訳けではない。ライブドアが『時間外取引』で準備した800億円をはるかに上回る巨額の買収資金を調達できれば、フジテレビはより強力な防衛策が必要となる。恐らくこのあたりは承知していて次の手を既に用意しているものと思われる。資金力のある友好的な第三者を受け手として増資する「ホワイト・ナイト」か・・・?あるいはライブドアの逆買収、究極の防衛策”パックマン・ディフェンス”か・・・? フジテレビが土壇場に追い詰められれば、非常手段として実施することも充分考えられる。そうなれば凄まじい”乗っ取り合戦”が繰り広げられることになる。さすがにそこまでやって欲しくはないが・・・。
今日の東京高裁の仮処分決定によりフジテレビvsライブドアの闘いは一気にライブドア有利に傾いた。勢いに乗って一気呵成に”本丸”フジテレビに迫るのかと思っていたが・・・。仮処分の決定が出る直前、ライブドア熊谷副社長は「ニッポン放送株式取得では、株式を買収してから提携を迫るという手法に賛否両論が起きた。これを反省しフジテレビ株式の取得を進める場合は、フジテレビの事前了解を取りたい」と述べている。「ニッポン放送の場合は手順前後だった」ことを一応認めている様にも見えるが・・・?
堀江氏は仮処分決定後の記者会見で「フジテレビ株式の買い増しは現時点では考えていない」としている。「フジテレビとの友好的な業務提携は欠かせない」とも述べている。但し将来のフジテレビ株式の取得については「現状では何とも言えない」と明言を避けた。更に「亀淵社長を含め現役員の方々もある程度は続投して頂きたい。製作現場のオペレーションをいきなり最初から変えるつもりはない。我々も放送業界の素人なので、こちらの方から教えを請いたい。」と意外と思えるほど友好的かつ低姿勢な態度で応対している。周囲の誰かが助言したのだろうが、最近の堀江氏は慎重に言葉を選んで発言している。堀江氏への”強引なやり方”との批判をかわす意図があるかもしれない。また過去に何回も言質を取られていろいろ批判されたことも踏まえていると思われる。
ライブドアが態度を軟化させフジテレビに歩み寄る姿勢を示している様にも受け取れる。「新株予約権」発行差止め仮処分が認められたことで余裕が出たライブドアが、”敵に塩”を贈り「今が和解のチャンス」とフジテレに本格的に協議のテーブルにつくことを促している様に見える。両者は担当レベルでは既に協議を始めてはいるが、早い内にどこかでトップ会談(日枝氏vs堀江氏)をしないと前進は望めそうにもない。決定権を持った者同士で話し合い道筋をつけないと担当レベルでは動けるはずがない。今までの経緯からニッポン放送もフジテレビもそう簡単にライブドアの誘いには応じたくないだろう。しかしながらフジテレビがいつまでも頑なに拒否している場合ではない。”底なし沼”での激しい泥仕合の様相を呈し、両者の疲弊が著しく誰も得をしないどころか大きな損失を招く結果になる。 もしかしたら最悪の場合誰か第三者に”漁夫の利”をさらわれるかもしれない。
恐らく両者はお互いの腹の探りあいをしながら落とし所を模索していると思われる。このまま喧嘩状態が続いても得にならないことはどちらも承知しているはず・・・しかしながら”面子”と言う厄介な存在が話の進展を妨げている。今までの経緯からしてフジテレビもそう簡単に話に乗りたくない気持ちは大いに理解できる。しかしながら現在の不利な”戦況”を考えれば、もはや”面子”をかなぐり捨て開き直って協議のテーブルに臨むべきではないだろうか?
ライブドアは当面フジテレビとの業務提携交渉を優先させる方針で話を進め様としている。しかしながら一方では交渉が不調に終わった場合に備えて、フジテレビ株式のTOBを行なうべく資金調達の準備を進めている。またフジテレビはライブドアとの業務提携交渉による妥協の可能性を模索しつつ、一方ではライブドアのTOBへの防衛策の検討を進めている。まさに”和戦両用の構え”と言えるが、両者は背後で戦闘準備を進めながらも本音は何とか和解に持ち込みたいのではないだろうか?
当段の初稿を書き終えた頃Big Newsが飛び込んで来た。フジテレビ、ニッポン放送とソフトバンクグループのソフトバンク・インベストメント(SBI)の3社は、ニッポン放送保有のフジテレビ株式35万3704株(発行済み株式の13.88%)をSBIが株券消費貸借により借り受けることで合意した。貸借期間は2005年3月24日から2010年4月1日迄の5年間とし、SBIが議決権を獲得しフジテレビの筆頭株主となる。貸借期間は5年となっているが、5年を超えてもSBIに返すつもりがなければニッポン放送は取り戻せない。事実上売却したのと同義と看做せる。残りの8.63%(22万株)は今年2月大和証券SMBCに貸し出しており、今回と併せてニッポン放送のフジテレビへの議決権が全て消滅する。”焦土作戦”、「ホワイト・ナイト」の効果的な防衛策と言える。
株式貸与は3月24日、名義書換え期限3月25日のギリギリのタイミングで飛び出した”窮余の一策”、あるいは”秘策”とも言える。「窮鳥懐に入る」との諺がある。まさに”窮鳥”フジテレビが”懐”ソフトバンクグループに飛び込んだ感がある。但しフジサンケイグループにとってもソフトバンクグループの総帥孫正義氏の存在が不気味・・・何と言っても以前オーストラリアのメディア王マードック氏と組んでテレビ朝日にM&Aを仕掛けた過去がある。「ホワイト・ナイト」なのか?「トロイの木馬」なのか?その実態は現時点では分からない
SBIのCEO(最高経営責任者)北尾氏は、TVの記者会見の印象からはかなりの自信家と見受けられる。あの孫氏が野村証券の”将来の社長候補”北尾氏を引き抜いたのだから、相当な切れ者であることには間違いない。北尾氏は「訴えるのは自由だが、私に勝つのは不可能に近い。堀江流に言うと『想定済み』だ。おやりになるならやって下さい。でも私を完全に敵に回しますよ。僕は相当タフだ。」と堀江氏に対し絶対的自信を示す。また「大人の解決の知恵が私の頭の中にはある。」と仲介役を買って出る姿勢も見せている。一方で堀江氏の手法について「他人の家に土足で入ったのだから、もう1度玄関から入り直さないといけない。」と一刀両断に切り捨てている。北尾氏は数多くのM&Aを手掛けている国内屈指のプロ中のプロ、手強い大物の出現に堀江氏は苦戦を強いられるかもしれない。
ライブドアは法的な対抗措置を考えているのではないか?しかしながら堀江氏もリーマン・ブラザーズへの”貸株”と言う手段で資金調達しているのは”弱み”では?法的な面でもライブドアによる株券消費貸借を差し止めは難しいと見られ、フジテレビの経営に関与を狙っている堀江氏にはダメージがあるかもしれない。株主代表訴訟と言う手段も残ってはいるが・・・? 東京高裁の仮処分決定でライブドアがフジテレビを土俵際に追い詰めたかに見えたが、フジテレビの逆襲により一気に押し返し形勢不明、あるいはやや有利な情勢と見られている。
しかしながらこれで堀江氏がおとなしくなってしまうのだろうか?堀江氏のニッポン放送の経営権掌握が確実と言う事実も厳然として存在する。”Crown
Jewel”ポニーキャニオンの問題もいまだ決着がついていない。北尾氏(孫氏?)の参入で複雑化した状況下で、両者(あるいは三つ巴?)の激しい駆け引きが繰り広げられる。電撃的な決着となるのか、それとも両陣営のスタッフの知恵比べが続くのか? 依然として不透明な要素が多く、勝負の行方は”下駄を履く”まで分からない。